将来やりたいことがない。夢が持てない。そんな悩みを抱える若い世代に向けて、柔道界のレジェンド・吉田秀彦さんが率直な思いを語ってくれました。華やかな実績の裏にあった葛藤、そしてやりたいことがない自分との付き合い方とは――。
バルセロナ五輪金メダリスト・吉田秀彦さんが振り返る、成功の裏にあるリアルな思い
吉田さんは「昔から強かった」と思われがちですが、実際はどうだったのでしょうか?
吉田さん
いや、全然そんなことはないですよ。結果を残すと「昔から強かったんでしょう」と言われるんですけど、実際にはそんなことはありませんでした。14歳で寮生活を始めたときなんて、「早くこの地獄から抜け出したい」と思っていましたね。柔道が楽しいとか、強くなりたいとか、そんな気持ちはほとんどなかったです。ただ、耐えていただけなんです。
寮生活がそんなに過酷だったんですか?
吉田さん
はい、特に最初の頃はきつかったですね。愛知県から東京に出てきて、右も左も分からないまま寮に入りました。理不尽な先輩も多くて、怒られるのが嫌でとにかく我慢してやっていました。強くなるために努力しているという意識もなかったです。やらなければ怒られる、だからやる。それだけでした。
それでもバルセロナ五輪で金メダルを取ったのはすごいことですよね。
吉田さん
正直、自分が金メダルを取れるとは思っていなかったんです。当時、先輩たちが次々と金メダルを取って注目されていたので、自分にはプレッシャーがほとんどなかったんです。むしろ、「負けても何も言われないだろう」と開き直って試合に臨めたのが良かったのかもしれません。
小賀先輩のエピソードも印象的でした。
吉田さん
そうですね。バルセロナで小賀先輩が膝を滑らせて怪我をしたんです。その相手が僕で、新聞に「吉田が小賀を怪我させた」と大きく報じられてしまって。それが初めて世間の注目を浴びた瞬間でした。でも、小賀先輩はその怪我を抱えながらも「金メダルを取る」とずっと言っていたんです。その強い気持ちを目の当たりにして、「人は思わないと何もできない」ということを痛感しました。
成功の裏にある努力は見えないものですよね。
吉田さん
まさにそうです。よく「天才」とか言われる人っていますけど、そういう人たちもみんな努力しているんですよ。僕の周りのアスリート仲間もそうですが、試合の場面だけが注目されがちです。でも、そこに至るまでの過程は地道で厳しいものです。僕自身も「努力」とは思っていなくて、「当たり前のことを当たり前にやっていただけ」という感覚です。やらなければ、怒られるし、嫌われる。それが嫌で続けていたら結果がついてきたというだけです。
日々の積み重ねが成功につながったということですね。
吉田さん
はい、特別なことをしたわけじゃないです。ただ、耐えて、続けて、気がつけば金メダルを取っていました。自分の意志というより、周りに支えられながら続けてきたという感覚が強いです。結果として振り返ったときに「努力」と言われるのかもしれませんが、自分の中では「当たり前」のことをやり続けたに過ぎません。
SNS時代における子供たちの悩み、親子の在り方と柔道の役割
吉田さんは柔道を通して親子のコミュニケーションを大切にされていると伺いました。具体的にはどのような取り組みをされているのでしょうか?
吉田さん
以前、柔道教室を開いた時に「親子で柔道」をやってみたんです。通常は子供だけでやるんですけど、親御さんも一緒に参加してもらいました。すると、子供ができて親ができない場面が出てくるんですよ。そこで子供が親をからかったり、逆に親が一生懸命になる姿を見たりして、自然とコミュニケーションが生まれるんです。そんな瞬間を見ていると、「ああ、やってよかったな」と思いますね。
吉田さん自身も、親との関係で悩んだ経験があるとお聞きしました。
吉田さん
はい、僕も父親とはあまり話さない時期がありました。中学を卒業した時、父親の意向で東京へ行くことになったんですけど、自分では納得していなかった。でも、大人になって子供を持つ立場になると、「可愛い子には旅をさせろ」って言葉が少し理解できるようになりましたね。親って、自分が親にならないと分からない部分が多いんですよ。
昔と今では指導のあり方も大きく変わりましたが、その点についてはどうお考えですか?
吉田さん
昔は、指導者が厳しくするのが当たり前だったんです。僕も学生時代はよく殴られましたし、それを「愛情」だと受け止めていました。でも、今は違います。暴力を使わない指導が求められているし、それが正しい方向だと思います。ただ、昔の経験をそのまま押し付けるのはもう通用しない。時代が違うんです。だから僕も、指導するときには「褒めること」を意識しています。
親として、どのように子供と向き合うべきだと考えていますか?
吉田さん
僕も子供が疲れて帰ってきた時に「疲れたって言うな」ってつい言っちゃうんです。でも、妻に「まずは褒めてあげて」と言われて気づかされました。親も子供も我慢する部分があるけど、まずは気持ちを受け止めるのが大事なんですよね。結局、子供が自分で考えて選択できるようにするのが親の役目だと思っています。
教育現場の厳しさについてもお話されていましたが、現代の教師へのメッセージがあればお願いします。
吉田さん
正直、今の先生って本当に大変だと思います。昔は、怒られても「仕方ない」って思えたけど、今はちょっとしたことでもクレームが入る。だからこそ、教師一人ひとりが孤立しないように、周りが支えてあげる仕組みが必要だと思いますね。
「将来が不安でも大丈夫」生きる力と乗り越え方
今の若い世代には「やりたいことがない」「夢が持てない」という声も多いのですが、ご自身はどうでしたか?
吉田さん
いや、俺も全然わかんなかったですよ。今だって「やりたいことなんですか?」って聞かれたら、「うーん…わかんないな」って答えるかも(笑)。 中高生の頃なんて、もう「学校辞めたい」って本気で先生に言ってましたからね。「社会に出て働きたい」って。
それは意外です。柔道一筋の方かと思っていました。
吉田さん
いやいや、当時は柔道が「好きでやってた」というより、「勝ちたいからやってた」って感じ。練習はつらいし、いつも「早く辞めてえな」とか思ってた(笑)。 でも、試合に出ると勝ちたいじゃないですか。だから練習もする。勝つとまた次の大会があるし、負けたら悔しいからまた頑張る…その繰り返しですよ。
結果的に金メダルという大きな成果に繋がっていきましたよね。
吉田さん
正直、最初から「オリンピック目指してました!」ってわけじゃなかったんですよ。 目の前の試合、次の大会、それをひとつひとつ全力でこなしていたら、気がついたら金メダルまで来てたっていう感じです。
今の若い人たちは、「夢がないといけない」と焦っているようにも見えます。
吉田さん
それ、めちゃくちゃわかります。でもね、「夢」っていうより「今、何に集中できるか」のほうが大事だと思うんですよ。 夢って壮大すぎると、逆に今やるべきことが手につかなくなっちゃう。だから「今日これができたから、明日はもうちょっと頑張ろう」っていう、ほんの小さな積み重ねが一番大事。
「好きなことがない」という悩みも多いですよね。
吉田さん
そんなの、俺だって趣味ないし(笑)。でも、人といるのは好きだし、誰かと関わる中でちょっとした「好き」って出てくるんじゃないかな。 いろんなことをやってみればいいと思いますよ。絶対に「これ、嫌いじゃないかも」っていうのが出てくるから。
話を伺っていると、吉田さんは「人に助けられてきた」とも感じます。
吉田さん
ほんとそう。一人で頑張ってると、必ず誰かが見てくれてるんですよ。俺、高校辞めようとしたときも、先生が「お前なら大丈夫だよ」って言ってくれた。 親父も「大学だけは出とけ」って言ってくれて、正直それがなかったら柔道も続けてないし、今もここにいないかもしれない。
最後に、今まさに悩んでいる中高生や若い人たちに、メッセージをお願いします。
吉田さん
「魂で生きろ」って言いたいですね。全力で生きてると、必ず誰かが助けてくれるし、自分の中にも力が湧いてくる。 今はわかんなくてもいいから、とにかく何でもいい、やってみること。結果が出てくると、面白くなってくるし、もっと頑張ろうって思えるようになるから。
本日はありがとうございました。吉田さんの率直なお話に、きっと多くの人が励まされると思います。
吉田さん
こちらこそ、ありがとうございました。あんまりしゃべりすぎちゃったかな(笑)。でも、これが俺の本音なんで。
YouTube【前編】“努力じゃなく当たり前” 吉田秀彦が語る裏側、【中編】吉田秀彦が語る“いまどきの指導者”の在り方、【後編】将来が不安な人へ|やりたいことがなくても大丈夫。金メダリスト吉田秀彦が語る“生きる力”と乗り越え方 から内容抜粋
【後編】将来が不安な人へ|やりたいことがなくても大丈夫。金メダリスト吉田秀彦が語る“生きる力”と乗り越え方
編集後記
インタビューを通して感じたのは、吉田秀彦さんの素直さと現実的な視点でした。金メダルという輝かしい結果の裏にある「当たり前」を積み重ねる姿勢が、彼を強くしたのだと感じます。努力を特別なものとせず、日常の一部として続けることの大切さが伝わるインタビューでした。
輝かしい実績の裏にあるのは、「やりたいことがわからなかった」過去と「まず目の前を一生懸命」という地道な積み重ねであると語る吉田さんのリアルな言葉は、今を迷う人たちにとって心強い指針になるはずです。